春の鹿部山付近を歩いてみた。みなさんも、春の散策にいかが?


春真っ盛り。すでに桜の花は桜吹雪に変わり葉桜へと移っていますが、つつじその他いろいろな花々に変わっていっています。

そんな中、鹿部山付近を4月1日に散策してきた特派員「千鳥ヶ池のめだか」さんから、春の鹿部山の現地レポートが。

鹿部山とは

古賀市鹿部にある鹿部山。

かつては三つの峰からなる山。「中の峰」を主峰に「東の峰」と「西の峰」の「三峰の霊山」とされていました。

花鶴丘団地などの造成によって,現在は「西の峰」を残していますが、古くから人々が日々の暮らしの安寧を願う場所として大事にされてきました。

地図はこちら

この鹿部山からは、「経筒」と「銅剣・銅戈」などが出土しています。

鹿部山経筒

昭和46年(1971)に「中の峰」頂部の経塚から発見されたもので、経筒には「席内院 父々夫峯(現在の鹿部山)」や「金主吉野常元」「願主僧良意(太宰府市の観世音寺の高僧)」及び永久元年(1113)11月8日供養終了などの銘文があるそうです。

「席内院」は,承平年問(931-937)に成立したとされる「和名抄」には,「筑前国席内 牟之路宇知」と記されているとのこと。

鹿部山皇石神社境内出土銅戈

この銅戈が出土したのは明治31年(1898)。
神社裏の崖から成人用甕棺が見つかり、その中から銅剣と銅戈が出土。
戈は古代中国の武器で、相手を切る刺すというよりは引っかけることを主目的としたもののようです。

あわせて出土した甕棺は,福岡県内では福岡平野やその南で主に見られる弥生時代の埋葬法。県東部ではほぼ石棺、木棺、土堀墓が主で、甕棺は子供用が主となっているそうです。

当時,銅戈,銅剣という貴重なものを副葬したことからすると,葬られた人物は高い地位にあったことがうかがえるとのこと。

現在,遺跡は皇石神社の境内の中にある。この林の地下にまだ多くの墓が存在するのかも。

気になる方は、古賀市ホームページの文化財紹介コーナーか、古賀市歴史資料館へGo!

話を現在に戻して

今回の散策の始まりは、鹿部山の西側から。
花鶴丘団地界隈からの出発です。

道すがらにも彩りあざやかな花々が。

公園の入口では、満開の桜が出迎えをしてくれました。

鹿部山は公園として整備されていて、散策路があります。
歩みを進める中でも桜の花たちが暖かく迎えてくれました。

標高が上がるにつれて、見渡せる景色も広がってきます。

途中には、夏に向けて青々と緑の葉を蓄えている木々の姿も。

ここは皇石神社の参道。

今も、地元の方々が大事に守り、そして、地元の人々がお参りに来ています。

ついには、玄界灘からの風を守ってくれている松林の姿まで。

古賀のまちなかで、気軽に散策できる私たちの故郷の山「鹿部山」。
これからの春の季節、木々に囲まれた散策を楽しみたい方々は行き先に加えてみては?


【記事を書いた人】
千鳥足 大人の事情で、今のところは顔出せず。 徳島県生まれ・福井県育ち。幼稚園から高校まで古賀にいたあと、茨城とか東京とか長崎とかで過ごしたのちに古賀にUターン。 趣味: 読書。遠藤周作とか吉村昭とか阿川弘之・阿川佐和子とかが好き。 お酒飲むのも大好き。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です