年末年始に古賀のちょっと懐かしい写真と出会ったら、その懐かしさを共有しませんか?古い写真を募集中!


人と人が行き交う街「古賀」。
うみ・やま・さと・かわに囲まれた街「古賀」。
この街には、今は姿を変えて直接に見ることができない、
たくさんの記憶や物語が眠っています。

そんな少し昔の出来事を、
もう一度見つけて残したいということで、
皆さんのご自宅に眠る昔の写真や映像を募集します!

ぜひこの機会に、長年開くことのなかった
アルバムや段ボール箱、ハードディスクやCD-Rを開いて
古賀の暮らしに関する資料をご提供いただけませんか。

この年末年始、古賀の実家に戻ってきた方はぜひアルバムを眺めてみてください。
そして大掃除のついでに発掘しちゃった写真など、ぜひぜひ「古賀すたいる」へのご提供をお願いします。記事にして、古賀が大好きな読者の皆さんと一緒に眺めて楽しみたいと思っています。

ご提供方法は、おおむねこんな感じ。

写真にまつわるエピソードもぜひお添えください。また、素材だけのご提供でも構いませんが、せっかくならエピソードをまとめた寄稿記事もお待ちしています。

例えば、こんな写真。

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国道495号線から、当時の国鉄古賀駅を望む写真。

かつての古賀の百貨店「寿屋」が、古賀の商店街を彩ります。その手前にあった福岡相互銀行と一緒に、その後、ピースパーク古賀店へと姿を変え、そして2016年秋にはピースパーク古賀店もその姿を消しました。

寿屋の奥にあったのは…

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かつての「古賀町立図書館」(3階には古賀町立中央公民館)。現在の図書館そして中央公民館は、駅の東側のほうにあり、2016年夏からは「古賀市生涯学習センター」の中に組み込まれていきましたが、かつては駅の西側にあったんですね。

古賀町立図書館が姿を消した後は、「駅前憩いの広場」として整備され、「クリスマス市民祭」などで活用されています。

こういう感じで、明治時代から昭和そして平成へかけての古賀の街並み、田園や里山、人々の服装・食卓・生業・伝統行事、仕事や娯楽、子育て、働き方、店舗や工場などの施設など、古賀で暮らしの姿が伝わる写真や映像を楽しみにしています。

懐かしい!と思ったら、時期や年数は気にしません!なにせ「古賀すたいる」のスタートは2013年秋。中の人たちもその前後から古賀にやってきているので、2010年代の古賀を知らない人のほうが多いのです。

データはスマホのカメラなどで撮った写真でOKです。(スキャンデータももちろん歓迎!) また、ネガしかないとか、スキャナーは持っていないとかあれば、ご相談ください。手渡しでの対応も行います。

モザイクやボカシは、必要に応じてこちらで加工します。

また、古賀市役所(かつては古賀町役場)の1985年は、こんな感じ。

この時代、まだ駐車場はアスファルト舗装されていないのですね。
そして、2016年に惜しくも伐採されたヤシの木が、まだ背が低いですね。約30年の時間は、ヤシの木を大きく育ててくれました。そして、30年の間、多くの古賀に暮らす方々の日常を見守ってくれていました。

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その古賀町役場の中に入ると、当時はこんな感じ。
ブラウン管のテレビがイイ感じを出していますね。

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写真に写る手前の柱の部分にカウンターがありますが、2016年12月現在は一区画分、カウンターの並びが奥に移り、市民国保課さんが住民票の発行などを行っています。当時は第二庁舎(新しいほうの建物)もなく、昭和の古き良き時間の流れがあったような感じですね。

国道3号線が、片側1車線だった時代

1970年代半ばの古賀には、国道3号線が出来上がっています。そして、その沿線には工場も。でも、よく見ると国道3号線はまだ暫定の片側1車線…。

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位置的には、このあたり↓なんですが、雰囲気が今とは違いますね。交通量といい、走っている自動車の形状といい。

さらに、この時代の古賀駅界隈の商店街は

街は生き物。街に集う人々が、夢を語り合い、経済を動かし、付加価値を重ねる努力を紡ぐ。そうしたダイナミズムが、商業の集積地である商店街には存在します。

自動車社会になったことから、今はちょっと空き店舗や空き地が増えてきましたが、それでも古賀の商店街には新しいビジネスを始めつつある方もいますし、昔ながらの対面販売を続けている方もいます。

そんな1970年代の古賀の商店街の雰囲気も。

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写真の真ん中くらいに「ゆうき」さんの看板が、道路の左側にありますが、こちらが現在の「わくわくサロン」。2017年はどう変わる?

同じように1970年代の古賀中学校界隈も。この時代の古賀中学校は、現在の位置ではなく、現在の生涯学習センターのあたりでした。

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当時のプールの跡には、古賀市民体育館が。
当時の特別教室棟(赤い矢印のところ)は、その後こちらに移転してきた古賀町立中央公民館に。1985年にホール棟ができてからは研修棟に名を変え、そしてさらには生涯学習センターの駐車場に。現在の古賀市立図書館は、まだその姿はありません。

また、古賀竟成館高等学校も、現在の校舎は姿がありません。存在はしていますが、名称はまだ当時は「古賀高等学校」です。

こんな感じで、世代を超え、時代を超え、今につながる写真たちを眺めて楽しむ取り組みにお力をいただけたら嬉しいですー。よろしくお願いします。


【記事を書いた人】
千鳥足 大人の事情で、今のところは顔出せず。 徳島県生まれ・福井県育ち。幼稚園から高校まで古賀にいたあと、茨城とか東京とか長崎とかで過ごしたのちに古賀にUターン。 趣味: 読書。遠藤周作とか吉村昭とか阿川弘之・阿川佐和子とかが好き。 お酒飲むのも大好き。

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